GLOBAL WORK presents
special novelあの日のふたり。
今年の夏、遠くまで来たふたり。
暑い中も楽しそうに過ごすふたりの想いと記憶。
あの時交わした言葉の前後に、
ふたりはどんなことを思っていたのか。
新進気鋭の作家 小原晩が書き下ろす、
グローバルワーク まちがいない服。スペシャルノベル。
ぜひお楽しみください。
今年の夏、遠くまで来たふたり。
暑い中も楽しそうに過ごすふたりの想いと記憶。
あの時交わした言葉の前後に、
ふたりはどんなことを思っていたのか。
新進気鋭の作家 小原晩が書き下ろす、
グローバルワーク まちがいない服。スペシャルノベル。
ぜひお楽しみください。
めらめらと赤い太陽、日が暮れてからのぬるい風、風呂上がりのつめたい麦茶、昼下がりに食べるざるそば、真夜中に食べるタイカレー、クーラーのよく効いた図書館、海びらきということばの響き。
夏を好きな理由はたくさんある。
けれど、僕はあのとき、夏が苦手だという君に、僕もそうだと、とっさに言った。なんでそんなことを言ったのか、そのときは自分でもよくわからなかったけれど、いまならわかる。
めらめらと赤い太陽、日が暮れてからのぬるい風、風呂上がりのつめたい麦茶、昼下がりに食べるざるそば、真夜中に食べるタイカレー、クーラーのよく効いた図書館、海びらきということばの響き。
夏を好きな理由はたくさんある。
けれど、僕はあのとき、夏が苦手だという君に、僕もそうだと、とっさに言った。なんでそんなことを言ったのか、そのときは自分でもよくわからなかったけれど、いまならわかる。
「夏って、食欲がでないっていうじゃないですか。私、あれの逆なんですよ」
「逆?」
「すっごいお腹すくんです」そう言って、君はちからのぬけた笑顔をみせた。
そんな話をしたのは、たしか、街が夏を迎えたばかりのころで、はじめてふたりで食事に行ったあの夜、僕はずいぶん緊張していたけれど、君はよく食べよく飲んで、よく笑いよく話してくれたから、僕の緊張はすぐにほどけて、二日かけて用意していた質問も忘れて、たのしい時間はあっという間に過ぎた。お互い散歩がすきだという、ほんとうの共通点も見つかった。
「夏って、食欲がでないっていうじゃないですか。私、あれの逆なんですよ」
「逆?」
「すっごいお腹すくんです」そう言って、君はちからのぬけた笑顔をみせた。
そんな話をしたのは、たしか、街が夏を迎えたばかりのころで、はじめてふたりで食事に行ったあの夜、僕はずいぶん緊張していたけれど、君はよく食べよく飲んで、よく笑いよく話してくれたから、僕の緊張はすぐにほどけて、二日かけて用意していた質問も忘れて、たのしい時間はあっという間に過ぎた。お互い散歩がすきだという、ほんとうの共通点も見つかった。
夜の街をのんびり歩いていると、どこからかあまい匂いがした。
「ベビーカステラの匂いですかね」僕が言うと、
「クレープじゃないですか?」と君が言う。
しばらくの間、「ベビーカステラですよ」「いいや、クレープですね」などと言い合って、真相をたしかめるため、僕たちはあまい匂いのするほうへ歩いていった。
「ほら! やっぱりクレープですよ」
君の指さした先にあるのは、クレープ屋のキッチンカーだった。
「ああ、ほんとだ」
かっこ悪く頭をぽりぽりかく僕を、君はへらへら笑ってくれた。
それから君は、じーっとキッチンカーのほうを見つめて、子どもみたいに動かなかった。君の頬はつやつや光って、ほんのり赤い。
「食べましょうか、クレープ」
〆のナポリタンまでしっかり食べて、
「おなかいっぱいです」と満足そうに言う君を、
「よければ、すこし歩きませんか」と僕は誘った。
夜の街をのんびり歩いていると、どこからかあまい匂いがした。
「ベビーカステラの匂いですかね」僕が言うと、
「クレープじゃないですか?」と君が言う。
しばらくの間、「ベビーカステラですよ」「いいや、クレープですね」などと言い合って、真相をたしかめるため、僕たちはあまい匂いのするほうへ歩いていった。
「ほら! やっぱりクレープですよ」
僕が言うと、君はおどろいた顔をしてから、
「イチゴバナナチョコレートスペシャル」と、うれしそうにはっきり言った。
まさかなにを食べるかまで決めていたなんて思っていなかったから僕は笑った。さっきの君みたいに、へらへらと。
「べつばら、べつばら」
「べつばら、べつばら」
僕たちは呪文のようにつぶやきながら、キッチンカーにできている短い列に並んだ。
「ね、食べ過ぎちゃうんです。夏だから」君は照れたように笑った。
矛盾してるかもしれないけれど、あの日から、僕はもっと夏が好きになった。
うれしそうにクレープをほおばる君を見ることができたのは、夏のたまものだったから。
君の指さした先にあるのは、クレープ屋のキッチンカーだった。
「ああ、ほんとだ」
かっこ悪く頭をぽりぽりかく僕を、君はへらへら笑ってくれた。
それから君は、じーっとキッチンカーのほうを見つめて、子どもみたいに動かなかった。君の頬はつやつや光って、ほんのり赤い。
「食べましょうか、クレープ」
僕が言うと、君はおどろいた顔をしてから、
「イチゴバナナチョコレートスペシャル」と、うれしそうにはっきり言った。
まさかなにを食べるかまで決めていたなんて思っていなかったから僕は笑った。さっきの君みたいに、へらへらと。
「べつばら、べつばら」
「べつばら、べつばら」
僕たちは呪文のようにつぶやきながら、キッチンカーにできている短い列に並んだ。
「ね、食べ過ぎちゃうんです。夏だから」君は照れたように笑った。
矛盾してるかもしれないけれど、あの日から、僕はもっと夏が好きになった。
うれしそうにクレープをほおばる君を見ることができたのは、夏のたまものだったから。
小原 晩
1996年、東京生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁を食べないでください』を刊行。独立系書店を中心に話題を呼び、青山ブックセンター本店では、2022年文芸年間ランキング1位を獲得した。2023年9月、「これが生活なのかしらん」を大和書房より出版。
吉高由里子
1988年東京都出身。2006年、映画初出演となる「紀子の食卓」で「第28回ヨコハマ映画祭」最優秀新人賞受賞。2008年に映画「蛇にピアス」で主演を務め、「第32回日本アカデミー賞」新人俳優賞と「第51回ブルーリボン賞」新人賞をダブル受賞。2014年には連続テレビ小説「花子とアン」(NHK)でヒロインの村岡花子を演じた。主な出演作品は、ドラマでは「東京タラレバ娘」、「正義のセ」、「知らなくていいコト」(日本テレビ)、「わたし、定時で帰ります。」、「危険なビーナス」、「最愛」(TBS)、「風よあらしよ」(NHK)、「星降る夜に」(テレビ朝日)。映画では「ユリゴコロ」、「検察側の罪人」、「きみの瞳が問いかけている」。2024年大河ドラマ「光る君へ」(NHK)では主演・まひろ/紫式部を演じている。
宮沢氷魚
ドラマ『コウノドリ』第2シリーズ(17)で俳優デビュー。以後、ドラマ『偽装不倫』(19)、NHK連続テレビ小説『エール』(20)、映画『騙し絵の牙』(21)では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。舞台『ピサロ』(22)他、話題作に出演。初主演映画『his』(20)では、数々の映画賞受賞。2022年NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』にレギュラー出演。2023年映画『エゴイスト』にて、アジア全域版アカデミー賞「第16回アジア・フィルム・アワード」(AFA)、毎日映画コンクールでは“助演男優賞”、日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞を受賞した。2024年、1月期TBS日曜劇場「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」に出演。今年3月には、映画『52ヘルツのクジラたち』の公開と、2025年放送予定NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」への出演も決定している。
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